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2009年8月

外見も大切にする

40代に入ってから、ふと、体の各パーツの‘たるみ’が気になり始めた。

若手女性芸人さんが、ムチムチに肥えてるのを見ると

「ムチムチした女の子もいいよね~」などと

若かりし頃の自分を、今になって自画自賛したりする。

けれど、地球の重力に耐えられなくなった、わたしの体の各パーツは

バケツからこぼれ出るスライムのごとく

タルル~ンと音がしそうなくらい、はみ出している。

しかも、脂肪が付きまくって層状になってしまったセルライトが

リンパ液の流れを阻止して、体に必要のないものが溜まりまくってるようだ。

意を決して、この夏から、リンパマッサージを受け始めた。

春から始めたピラティスも、もちろん続けている。

が、このセルライトをほどくには、ピラティスだけだと何年かかるか分かりやしないし

そもそも、ピラティスには痩身効果はないと聞いている。

で、今のわたしには両立てがいい!と思った次第。

(注;ピラティスは、わたし的には体を良くする感覚。)

お顔のリンパマッサージも始めた。

入浴後のリンパマッサージも、自分でやってみている。

お爪のお手入れなんぞも始めた。

こんなに外見を磨いたのは、もしかしたら人生はじめてかもしれない。

10~20代の磨き方は、もっと表面的なメイク止まりだったと思う。

今の磨き方は、もっともっと深くて、10年先20年先を見据えた磨き方だと思う。

誰からどう見られるかというのではなくて、自分がどうありたいかという感じ。

わたしは、循環のよい心と体で、気持ちよく柔軟に生きて、自然に老いていきたい。

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送り火

今日は、送り火を焚いて、息子の魂を見送った。

8年前の夏、彼は、わたしたちよりひと足先に旅立った。

8年間という短い間だったけれど、彼がわたしたちの元に生まれてくれて

共に生きてくれたことを感謝している。

今は、そう静かに思いを馳せることができる。

自然に時に身をゆだねていれば、いつの日か、そういう日がやってくる。

恨みや怒りを伴った悲しみほど、辛いものはないだろう。

わたしにも、そういう時はあった。

その負の感情を、しっかりと受け止めたことで手放すことができた。

あとは、自分の人生を、精一杯生きるだけ。

でも、実は、それが一番大事で、一番むずかしいことなんだと分かった。

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時満ちて

わたしは、思春期の頃から、母や姉、母の妹である叔母との関係が、あまりよろしくなかった。

姉とは10歳ちがいで、仲間というよりも母の代役のような存在として育った。

友だちの姉妹関係を見聞きすると、とてもうらやましいものがある。

それが、ここ最近・・・3年くらい前から、姉や叔母からの指示命令的な言葉が少なくなってきた。

母はといえば、あいかわらず電話をすれば「ああしなさい、こうしなさい」だけれども

会って話を聴くと、「他者のために生きる(尽くす)ことで成り立ってきたことで失った、自分の人生」を憂うかのような言葉ばかり。

だからと言って、かわいそうとは思わない。

いくら時代にそうさせられたとはいえ、そういう人生を選んだのは母自身なのだから。

姉も叔母も、常に他者(特に夫や親)を意識しながら、自分のやりたいことを押し殺してきた。

けれども、子どもの自立や夫の定年で思うところがあったようで、ようやく「自分の生き方」を考えはじめたようだ。

そうなると、わたしのことなんぞ、かまってられぬ。

昭和初期生まれの母、終戦直前に生まれた叔母、戦後の混乱の余韻残るときに生まれた姉、高度経済成長期に生まれたわたし。

時代による背景の違いはあれど、行きつくところ、いかに自分に正直に生きるかであることを知る。

それを、50代、60代になって気づき、改めて自分の人生を生きようとする姉や叔母は、すごいと思う。

70代になった母には、それはちと困難であることは、わたし自身の成長で知るようになったこと。

田辺聖子さんのアフォリズムを読むと、女の人生のオモロさを知る。

年をとるということは、そういうことなんだと、女に生まれたことに喜びを感じる。

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